鋼鉄のシャー芯

 
「あ、シャー芯ねぇや」
俺は、瓢箪山 駅太(ひょうたんやま えきた)。
特に目立つ性格や容姿でもない俺は、ごく普通な高校2年生。
ただ、人よりも想像力が豊かで、脳内にたくさんの妄想を保持している。
俗に言う"オタク"な訳だ。
「帰りに買っとこっと」
学校でも、授業そっちのけで自分の妄想を紙に書き連ねている。
そのため、一般学生よりもシャー芯の消耗が激しいようだ。
こまった癖だな、と自分でもわかってはいるが、気が付いたら手が動いているのだ。
「おーい。もうHR終わって、皆帰ってんですけど」
ふいに声を掛けられ、俺は顔を上げる。
声の主は、友人の 花園 すぱ朗(はなぞの すぱろう)。
高校で知り合った友達で、入学式に向こうから話しかけてきた。
最初は律儀な性格だったものの、段々と被っていた猫を外していき、最近ではダルそうな顔をしているのが平常時のこいつだ。
俺の中では、変な奴TOP10に見事ランクインしている。
「教室の掃除で邪魔になってたぞ。どんだけぼーっとしてんだよ」
お前は、年がら年中ぼーっとしてるじゃねぇか。
と、言おうと思ったが、その後の会話すら面倒なので、無言で帰り支度をする。

「あ、今日俺用事あるから」
まぁ、シャー芯を買うだけなんだが、最近こいつとばっかり遊んでいるからたまには家でゆっくりしたい気分だった。
「おーう、んじゃなー」
二人して手をふって別れる。
(さてと、文房具屋って近くにあったかな…。)
コンビニでも売ってはいるが、生憎学校の近くにその手の便利屋は存在しない。
ので、近場に文房具屋がないか探す。
「酒屋、ほか弁、ゲーム屋、お、あったあった」
思いのほか、すぐに見つかった。
「って、なんだよ。しまってるし」
残念ながら、この文房具屋は先週店じまいをしてしまったらしい。
シャッターに貼り付けられた紙にそう書いてあった。
仕方がないので、他を探す。
そして、自転車で30分。
もうさっさと家に帰って、弟にでももらった方が早かった気はするが、ここまで来て帰るのもシャクだ。
「…やっと、見つけた。」
ずいぶん古臭い雰囲気で、中の様子は外からは一切うかがえない。
ただ看板に「超・文具店」と書いてあるだけだ。
(超って……。)
まぁ、他に探すのも面倒だし、ここで買うことにする。

「ごめんくださーい」
「――ッ!!?」
扉を向こうで、おもわぬ人物と遭遇した。
「あれ、すぱ朗?」
そう、さっき別れたすぱ朗がそこにいたのだった。
しかし、30分前とは服装がずいぶん違っていた。
大きな黒いマントで全身を覆い、ツバの長い三角帽子を被っている。
まるで、魔法使いのようだった。
「くっ、まさかお前に気付かれるとは…!」
意味不明なセリフを吐いたすぱ朗。
お前って、そこまで変な奴だったか…?
「仕方がない、正体がばれたなら――」

「消すのみっ!!!」

そう言って、すぱ朗はとんでもない跳躍を見せ、俺へと飛び掛ってきた。
「っ!?」
慌てて避ける俺。
「なんだよっ、一体どうした!?」
シャー芯を買おうと思ってら、友達が変な格好で俺に襲い掛かってきた。
誰がどうやったら理解できるんだ。
当然、頭の中は混乱という文字が暴れまわっている。
「フン、俺の三角定規を避けるとは、中々だ…。」
見れば、奴は大きめの三角定規を手に握っていた。
その先端は鋭く、人の皮膚など簡単に引き裂けそうだった。
「お、おい冗談だろ…?」
間違いない。
さっきの一撃は、俺を殺そうとしたのだ。
それも、三角定規で。
「わらえねぇよ!なんでこんなことするんだ!!」
と、大声で怒鳴り散らすと、足に痛みが走った。
「つっ!?」
何事かと手で痛みのあった場所を触れてみると、
「――血?」
どうやら、さっきの一撃を完全にはかわせていなかったようだ。
俺の足には、5cmほどの切り口が新しい血液の通路として存在していた。
寒気が、全身を駆け巡る。
(こ、このままじゃ殺されるッ!!)
すぱ朗の攻撃は容赦なく続く。
足を引きずりながら必死に避けるが、このままでは死ぬのは時間の問題だ。
(俺も、何か武器が――)
その時、俺はある物に目がいく。
「はぁ、はぁ。シャ、シャー芯…!?」
思えば、この店に入ったのもシャー芯目当てだった。
あの三角定規も恐らくここで仕入れた物だろう。
(ならば、このシャー芯もっ!!)
乱暴にシャー芯を取り出し、勢いよく奴に投げつける。
「くっ!」
予想的中。
俺の投げた無数のシャー芯は、奴の体に突き刺さる。
そして、このシャー芯ケース、異常に重い。
「そいつは、鋼鉄のシャー芯だ……」
体に刺さっているシャー芯を抜きながら、すぱ朗は冷静に語る。
なるほど。
鉄製のシャー芯ならば、この重さも分かる。
しかし、何故鋼鉄なんぞでシャー芯を作ったのだろうか。
「シャー芯がすぐに折れるというクレームが来たため、絶対に折れそうにないシャー芯を作り上げた」
誰かが言ったクレームのおかげで、俺は今生きているということか。
そう思うと、感謝よりも悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。
「問題は、鉄製なので文字がかけないことだ。黒鉛じゃないからな……」
この一言で、さらに悲しい気持ちになった。
俺もすぱ朗も、沈黙する。
だが、一息ついたのも束の間、すぱ朗は再度俺に襲い掛かる。
「"文具"は、まだ他にもあるんだぜ?」
その言葉の意味を把握する前に、何かが飛んできた。
「ぐっ!!」
全身に激痛が走る。
体に刺さった半円状のそれは、
「……ぶ、分度器っ!!?」
これもまた、弧の部分が鋭くなっていて刃物そのものだった。
「驚くのは、まだ早いッ!!」
さらにすぱ朗の攻撃は続く。
次に飛んできたものは、一本のコンパス。
しかし、一本だけのコンパスなど、簡単に避けれる。
「って、なにぃっ!!?」
一本だけだったコンパスは、空中で針の部分が3本にも4本にもなり、俺に向かってきたのだ。
無理矢理に体をひねり、合計5本の針の付いたコンパスを避ける。
体勢を崩した俺は、バランスをとれず倒れこんでしまう。
「これは、一度にいくつもの円がかけるコンパスがほしいという要望の成れの果てだ…。」
なんという恐ろしいコンパス。
「残念ながら、複数の円を書こうとするとバランスが崩れて、綺麗な円はかけなくなるがな…。」
……なんという恐ろしいコンパス。
ただ、攻撃してくるたびに説明をするすぱ朗の姿は、ある意味マヌケでもあった。
(説明しているうちに、逃げようっ!)
倒れていた体を起こし、出口へ全速力で向かう。
しかし、出口には、
「け、消しゴム?しかもこんなにちらばって……」
たくさんの消しゴムが、まるで俺の行く手を阻むように地面に配置されていた。
「もちろん、ただの消しゴムではないぞ」
パァン!パパパパパァン!!
「ぐっ!?」
突然爆発する消しゴム、破裂音で耳がキーンとする。
「爆発する消しゴム。小さくなると使いにくいというクレームが、事の始まりだ…」
小さくなると使いにくいのが、なんで爆発する展開に…。
しかし、この消しゴムは比較的安全だ。
何せ、飛んでくるのは普通の消しゴムなので、体に当たっても、特にダメージはない。
出口はもう目の前だ。
破裂する消しゴムの中をかいくぐって、扉まで到着する。
しかし、その瞬間。
「うっ…!?」
体が鉛のように、重くなる。
「どうやら、最初の三角定規の効果が今頃になって効いてきたようだな」
俺は全身の力が抜けていく感覚に陥り、ついには立つことすらできなくなる。
奴は、なおも説明を続ける。
「あの三角定規には、毒が塗りこまれている」
(くっ…、あと少しなのに……。)
「さぁ、ではフィナーレと行こうか。」
すぱ朗は、鋼鉄のシャー芯を取り出し、俺へゆっくりと狙いとつける。
逃げようにも、体がいう事を聞いてくれない。
瞼が重くなり、目の前が真っ暗になっていく。
俺が最後に見たものは、狂気に満ちた顔で笑う奴の姿だった。

そして――





「――なぁんて。ありえないか。」

授業終了のチャイムが鳴り響く。
「はぁ、今日もいい妄想でしたっと」
俺は教科書類を机に入れ、帰り支度を始める。
「よぉーす、なんか授業中ぼーっとしてたな」
後ろから、すぱ朗が話しかけてくる。
「あぁ、ちょっと考え事してた」
などと誤魔化して、二人して帰り支度する。

「それじゃ」
学校の帰り。
家の位置の関係で、いつも信号前で俺たちは別れる。
今日もそれは変わらないはずだったのだが、
「あ、駅太」

「シャー芯買いに文房具屋いくけど、お前も来る?」


冷や汗が流れたのは、言うまでもない。
すぱ朗の誘いを無視して、全速力で帰り道を駆け抜けた俺だった。

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